三菱重工業など日本企業がトルコで手がける原発建設計画の総事業費が、想定の2倍以上にふくらむ見通しであることが分かった。計画は原発輸出を成長戦略に掲げる安倍政権が推進しているが、2011年の東京電力福島第一原発事故後、原発の安全対策費がかさみ、日本企業が採算を取るのが難しくなっている。
計画ではトルコ北部の黒海沿岸のシノップ地区に原発4基(出力計440万キロワット規模)をつくる。三菱重工と仏企業が共同開発した新型炉「アトメア1」を採用し、建国100周年の23年の稼働をめざす。伊藤忠商事や現地の電力会社なども参画する予定だ。
当初、事業費は4基で2・1兆円程度と見込まれていた。だが、事業関係者によると、日本側が事業化に向けて調査する過程で1基あたり1兆円を超え、総額4兆円以上にふくらむ見通しが分かったという。原発の安全規制を強化する流れが加速したためだ。23年までに完成させるのも厳しそうで、日本側は今年に入り、トルコ側に想定通り進めるのは難しいことを水面下で伝えた。トルコ側からは「失望した」との感想が漏れたという。
参加企業がいったん建設費を負担し、発電事業による利益で建設費を回収する仕組みを想定しているため、事業費が膨らんだ場合、高い料金で電気が売れなければ事業は採算割れしかねない。
ただ、日本政府はあくまで計画を推進する姿勢だ。日本側は近く、事業化調査の最終報告をトルコ政府に提出する。建設する場合、トルコ政府による資金支援が必要なことや、電気料金が高くなることなどを伝える方針だ。原発運営に電力会社の関与を強めることや、事故時のリスク負担の検討も求める見通しだが、トルコ側が応じるめどは立っていない。
原発輸出は企業だけではリスクを背負いきれず、政府が全面的に支援する構図になっている。日立製作所が英国で進める原発計画は昨年、日英両政府が官民で総額約3兆円を投融資する資金枠組みをつくることで大筋合意した。(大鹿靖明、笹井継夫)
「あの電力料金ではできない……」。三菱重工関係者がこぼすのは、完成後にシノップ原発でつくった電気を売るときの料金水準だ。計画は、参加企業が建設費を負担し、あらかじめ決めた料金で電気を売って得た利益で建設費を回収する仕組みを想定している。
安倍首相がトルコを訪れ、エルドアン首相(現大統領)に原発を売り込んだ2013年、両国は原発協力の協定を結び、付属書の中で想定売電価格を20年間1キロワット時10・80~10・83米セントにすると盛り込んだ。
当時、原発1基の建設費は5千億円と見込まれたが、東京電力福島第一原発事故後、各国で強化された安全規制によって、いま建設費は1基1兆円強に増加。シノップ原発は4基建設する計画なので、2兆円の建設費が4兆円強に跳ね上がった。
三菱重工が事業性を調査したところ、想定した電力料金を大幅に引き上げたうえで、トルコ政府が原発に資金支援しなければ採算が取れないことがわかった。
「損してまで受けられない」と三菱重工幹部。トルコ側に内々に試算を伝えると、先方は「失望した」。トルコは3月に予定された調査結果の受け取りを拒み、7月に延期された。
なぜ原発をつくる前に無理な電力料金を約束したのか。背景に浮かび上がるのは、トルコの懐事情と日本の経済産業省のメンツだ。
エネルギー源の7割を輸入に頼るトルコは1960年代から何度も原発導入を模索したが、そのつど資金不足で頓挫してきた。そこで外国メーカーが原発を建設・所有し、電気を売って資金回収する「BOO(建設・所有・運営)」という方式を考えた。建設も資金調達も外国任せだから自国の懐は痛まない。トルコは黒海沿岸のシノップと南部アックユに原発計画を持ち、うちアックユはロシアがBOO方式で受注した。
一方、経産省は民主党政権下、成長戦略に原発輸出を掲げたものの、アラブ首長国連邦の原発計画で韓国に敗北を喫した。雪辱を果たそうと、経産省はトルコで東芝と東京電力の日本連合を後押しする。日本連合は当初、韓国を相手に優位に立った。
だが、そこに福島原発事故が襲い、東電は撤退。あてが外れた経産省が白羽の矢を立てたのが三菱重工だった。同社の元役員は「お役所に乗せられたんだよ。あれは、お付き合いなんだ」と振り返る。
トルコのクーデター騒ぎも手伝い、三菱重工の事業性調査は遅延。トルコは建国100年の23年に1号機の運転開始を望むが、現実は「難しい」(同幹部)。
そんな日本を尻目にロシアは昨年暮れ、アックユ1号機を部分着工した。ロシアは原発技術者になるトルコ人を毎年数十人単位で招いて教育している。日本原子力産業協会の中杉秀夫調査役は「留学費はロシア持ち。若いときに留学させ、指導層に親ロ人脈を作ることまで視野に入れている」と指摘する。彼我の力量の隔たりは大きい。
外務省の担当課長は「付属書にある売電価格はあくまで仮定のもの」と、交渉次第で変わりうると強調。経産省高官も同じ意見だが、こうくぎを刺す。「造る三菱重工が事業化調査の結果を踏まえて交渉し、トルコの理解を得るべきだ」
パートナーの伊藤忠は4月、撤退を決めた。経産省高官は「嫌ならやめればいい」と三菱重工を突き放す。宮永俊一社長の決断が迫られている。(大鹿靖明)
いずれも アサデジより転写
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