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潜伏キリシタン その3

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潜伏キリシタンの残照〈下〉

 1月16日、早朝。先日までの寒気はやわらいだけれど、それでも朝の空気は冷たく、打ち寄せる波の音も寒々しい。この日、生月(いきつき)島(長崎県平戸市)の切り立った崖下の海岸で、「だんじく様」と呼ばれる恒例の行事が執り行われた。

 ともすれば滑落しそうな心細い階段を下り、ようやく海辺にたどり着く。竹や草木に覆われ、岸壁から張り出したわずかな空間に、小さな石のほこらがあった。

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8時過ぎ、ロウソクに火がともった。クジラの皮入りのなますやご飯が供えられて、オラショの詠唱が始まった。山田集落の、だんじく講の信徒と漁業者の奥さんたち10人ほどが一心に拝む。その昔、ここで殉教した親子3人を慰める祈りである。

 言い伝えによれば、「だんじく」の茂みに身を寄せていた潜伏キリシタンの親子がいた。子供は遊び盛り。海岸へ出たところを船に乗った役人に見つかり、親子ともども皆殺しにされた。講の信徒は代々、この哀れな3人の霊を弔ってきた。「だんじく」とは竹の一種のことらしい。

 祈りは30分余りで終わった。

 「3人が斬り殺された。ほっとけないからねえ」

 80歳になった、と言う老婦人は年に4回、ほこらの周りやそこに通じる道を掃除するそうだ。でも、年齢を考えれば、いつまでもできるわけではない。「そのときはそのとき。できる限りしていかんば……」

 山田集落には、だんじく様に関係するらしい宴席での歌が伝わっており、こんな一節がある。

 んー 柴田山 柴田山なあ

 今はな 涙の先なるやなあ

 先はな 助かる道であるぞやなあ

 あの世へ救いを求めた親子の願いだろうか。胸締め付けられる哀歌である。

     ◇

 「かくれキリシタン」が息づく地域には殉教にまつわる伝承地が多い。

 生月には、この地の信徒を指導した西玄可(にしげんか)の殉教地「ガスパル様」や、「茶屋のジサンバサン」「幸四郎様」「アントー様」といった伝承地が点在する。隣の平戸島・根獅子(ねしこ)には、入り婿に裏切られて告発された一家6人の「おろくにん様」が葬られたという「ウシワキの森」が、近くの浜には彼らが天へ召された「昇天石」がある。

 なぜ殉教者の記憶がこれほどに語り継がれ、暮らしのなかに取り込まれてきたのだろうか。

 だんじく様の見学に訪れた五野井隆史・東京大名誉教授(キリスト教史)は「信仰の確認ではないでしょうか。殉教者の流した血は受け継がれていく。彼らの道をたどるということなのでしょう」と語った。

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生月島の対岸、平戸島北西部の春日集落を訪ねた。16世紀半ば、領主籠手田(こてだ)氏のもと一斉に改宗した地で、猫の額ほどの狭隘(きょうあい)な土地に棚田がびっしりと張り付く。約20戸の集落の一日は、棚田から仰ぎ見る聖なる山、安満岳(やすまんだけ)を拝むことから始まるという。

 そして、ここにもだんじく様に似た悲話が伝わる。3人の信者が海辺の洞窟に隠れていたが、そこから上がった煙りで見つかってしまったという。

 棚田の見事な眺望は国の重要文化的景観に選定され、世界遺産候補の構成資産にもなっている。そんな風光明媚(めいび)な風景にも、目をこらせば重層する信仰の歴史がしみこんでいた。

     ◇

 平戸の市街地から生月島へ向かう道中、突然、視界が開け、真っ青な海に浮かぶ中江ノ島が目に飛び込んできた。世界遺産候補のこの小島も「かくれキリシタン」の聖地である。断崖の割れ目からにじむ聖水は決して腐らず、奇跡を起こすという。

 ここで多くの信徒が処刑された。以来、この島は信仰の対象となり、「サンジュワン様」と呼ばれてきた。

 賛美歌を歌いながら島の処刑場に赴く者もいたと伝わる。次郎右衛門という信者は、島へ向かう船のなかで「ここから天国は、もうそう遠くない」と、天を仰いだそうだ。彼らにとって終末の地は、天国に最も近い島でもあった。

 先に紹介した山田集落の宴で披露される哀歌には、こんな一節もある。

 んー 参ろやな 参ろやなあ

 パライゾー(天国)の寺にぞ参ろやなあ

 かつて作家、遠藤周作は小説『沈黙』を書いた。ポルトガル人司祭ロドリゴの目を通して過酷な弾圧時代を描くなかで、信仰とは何かを問いかけた。

 トモギの浜ではりつけにされたモキチは、息も絶え絶えに「参ろうや」と口ずさむ。

 遠藤はこの歌を、刑場にひかれていく多くの信徒が口ずさんだ歌だと、ロドリゴに語らせている。(編集委員・中村俊介

     ◇

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産〉この夏、バーレーンで開かれる世界遺産委員会世界文化遺産の登録をめざす。長崎県熊本県にまたがる12の構成資産からなり、島原・天草一揆の舞台となった原城跡や信仰を集めた平戸の聖地や集落、のちに教会が建てられた離島などの集落、潜伏キリシタンが神父に信仰を告白した大浦天主堂などがある。

アサデジより転写

by tomoyoshikatsu | 2018-05-08 14:24 | 故郷の……