「 高校生平和大使 」ハワイで・・・・ 広島・被爆者……

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 太平洋戦争での真珠湾攻撃長崎原爆について日米の若者同士で考えようと、長崎の高校生2人が19日から、「高校生平和大使」として初めてハワイを訪れる。高校生平和大使派遣委員会が8日、発表した。

 2人は長崎東高校3年の安野伊万里(いまり)さん(18)と、活水高校3年の野瀬舞伽(まいか)さん(18)。2人はいずれも関西の大学への進学が決まり、「卒業までに平和大使として海外で活動したい」と、ハワイでの活動を企画したという。

 5日間の日程の中で、現地の高校2校と小学校2校を訪れる。米国のオバマ前大統領の妹、マヤ・ストロさんが歴史を教えている高校では、歴史の授業を受けた後、長崎原爆と平和大使の活動について現地の学生向けに説明し、意見を交わす予定だ。

 ログイン前の続き安野さんは「日米で歴史観が違うと思うが、核兵器について考え直すきっかけになってほしい」。野瀬さんは「真珠湾攻撃については、日本とは違った視点で学べると思う。過去から目を背けずに、今後の糧にしていきたい」と語った。

 2人はオバマ氏の母校の高校も訪れ、オバマ氏の長崎訪問を要請・アピールする。また真珠湾攻撃の歴史を伝える博物館を見学したり、ハワイ州政府を訪れ、州知事に田上富久長崎市長の親書を手渡したりする予定だ。

 高校生平和大使は1998年に始まり、今年が21年目。近年はスイス・ジュネーブの国連欧州本部に核兵器の廃絶を求める署名を届ける活動などをしている。

アサデジ 長崎版

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広島への原爆投下の約3時間後に広島市内で撮影された写真に、セーラー服で写っていた同市の被爆者河内(こうち)光子さんが1月22日、副甲状腺腫瘍(しゅよう)で亡くなった。86歳だった。葬儀は近親者で済ませた。

 広島女子商業学校(現・広島翔洋高校)2年の13歳だった当時、学徒動員先の広島貯金支局(爆心地から約1・5キロ)で被爆。逃げる途中、御幸橋西詰めに設けられた救護所で、傷ついた大勢の市民と応急処置を受けた。その様子を中国新聞カメラマンだった松重美人(よしと)氏(2005年に92歳で死去)が撮影。米国の雑誌にも掲載され、核兵器の恐ろしさを記録した写真として知られるようになった。

 1973年、原爆の写真展に、この写真が展示されたことを機に名乗り出た。いとこからもらった別の女学校の制服を着ていたため、自分と気づいたという。以降、被爆証言活動を続けた。

 ログイン前の続き今月初旬、長男(61)が遺影を国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市中区)に登録し、公開された。長男は「自分の経験を語ることで役に立てたらという思いがずっとあったのだと思う。母の生きた証しを残したいと思った」との談話を寄せた。

 御幸橋の写真は、平和記念資料館に常設展示されている。同じ写真に座り込んだ姿で写っている県原爆被害者団体協議会の坪井直理事長(92)は、「残念だ。私たちと同じような被爆者が二度と生まれてはならないと訴える責任を果たしたい」と話した。(宮崎園子

アサデジ広島版

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岩手の 平和大使にも 「 新入生 」を 迎える日が来る、、、、

一学年あがれば

下には 若い芽が出てくることになる


私は 昨年 「 署名用紙 」を 持ち帰り

ソレを 行きつけの 呑み屋に 預けたままにしています・・・・

5枚………50筆🖌、、、、、

総て!!!埋まっている事を願い………

受け取りに行くことにしている

今月末にはね…………………

署名用紙
850-0052 長崎市筑後町2-1 教育文化会館4F 
                     平和活動支援センター気付


よろしければ

ダウンロードして 署名をお願いします





14:00過ぎに

「 兵役 」を 載せる予定です


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by tomoyoshikatsu | 2018-02-12 08:38 | 反戦 | Trackback | Comments(0)