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少年法………… ???????


 少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げるか、法制審議会で議論が続く。18~19歳を成人と同様に刑事責任を負わせるべきなのか。望ましいあり方は。


 ■変わる機会を奪わないで 山口由美子さん(少年事件の被害者)

 2000年に起きた西鉄高速バス乗っ取り事件で、当時17歳の少年に牛刀で切りつけられ、大けがをしました。今も顔に傷痕が残り、顔や首、両手がしびれています。

 少年は不登校で高校を中退。自宅に引きこもって家庭内暴力が悪化、両親に病院に入院させられ、一時帰宅した直後に犯行に及びました。1人が死亡、私を含む3人が重傷を負いました。

 「このバス、乗っ取ります」と言う少年の顔を見て、不登校で追い詰められている子ではと直感しました。私には、長女が小中学校で不登校になり、悩み抜いた経験がありました。彼だけを責める気にはなれませんでした。

 少年は「5年以上の医療少年院送致」の保護処分となりました。少年には3回会いました。最初のとき、「つらかったね」と言って背中をさすりました。後で少年は「僕のために涙を流してくれた」と言ったそうです。2回目は、内容は言えませんが、自分の気持ちを正直に話してくれた、と感じました。少年院の育て直しの教育の中で、彼は変わっていったのではないでしょうか。出院後のことはわかりませんが、彼らしく生きてくれていればと思います。

 事件後、私は少年院や少年刑務所で体験を話し、不登校の子どもが集まる場も開いています。その中で感じるのは、18歳が大人だとは決して言えないこと。また、自分を認められない子ども、大人を信頼できなくなった子どもが非常に多い。でも、だれか信頼できる「隣(とな)る人」がいれば、子どもは変わっていけます。

 その変わるチャンスを18~19歳から奪う少年法の適用年齢引き下げには反対です。罰で子どもは変わりません。少年院は再教育の場です。刑務所の刑務作業では自分のしたことと向き合うのは難しい。なぜ事件を起こしたのかを考える力をつけないと、同じことを繰り返すだけです。

 犯罪被害者の中には、厳罰化を求め、少年法の適用年齢引き下げに賛成の人もいます。背景には、被害者のやり場のない気持ちが救われていないことがあるのではないでしょうか。犯罪被害者保護法ができ、ある程度改善されましたが、経済的にも精神的にも被害者が置き去りにされている状況があると思います。

 事件前は、頑張らない自分はダメと思い、自分の価値観を優先して子どもと向き合う母親でした。でも、入院した病院で、生きるのに必要な一切を人の手に委ねなければならない状況の中、何もできない私も生きていいと思えるようになりました。この体験で子どもを無意識に丸ごと受け入れるようになったのでしょう。娘に「お母さんは変わった」と言われました。私も変われた。子どもはもっと変われます。その機会を社会は奪わないでほしいと思います。

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 やまぐちゆみこ 49年生まれ。バス乗っ取り事件後、不登校で悩む親の会や子どもの集まる場所を仲間と運営している。


 ■保護と刑事処分に分けて 藤本哲也さん(中央大学名誉教授)

 少年法の適用年齢引き下げには賛成です。理由は二つ。

 まず、18歳は国際的な標準と言えるからです。国立国会図書館の調べでは、全世界の87%の国で成人年齢は18歳。1922年に制定された旧少年法の対象は18歳未満でしたが、戦後、米国の影響で20歳未満に引き上げられたという歴史もあります。

 次に、公職選挙法の改正で選挙年齢は18歳になり、民法でも成人年齢が18歳となるのは確実です。年齢に関する法律は348あります。全部統一をとは言いませんが、民法や少年法、公選法など主要なものは統一した方がわかりやすいでしょう。

 現行では、20歳未満の少年が起こした事件は全件、家庭裁判所に送致されます。ただし、殺人など重大な事件では16歳以上なら原則、家裁が検察に逆送し、刑事裁判を受ける仕組みになっています。

 私は、少年法の保護対象を単純に18歳未満に引き下げるのではなく、18~25歳は青年層として、特別な刑事政策を検討するべきだと考えます。

 青年層については、保護処分と刑事処分の2本立てにし、検察官がそれを判断する。いまは社会復帰を支援している保護観察官に、学校や家庭での素行調査などを起訴前に担当してもらい、それらをもとに更生可能性などもみる。それほど重い事件でないなら家裁へ送り、刑事処分が必要な場合は通常の刑事手続きをする。犯罪が少ない日本だからこそ、できることです。引き下げ反対派が主張する、年齢引き下げで多くの軽い事件が起訴猶予になるという心配は払拭(ふっしょく)できます。

 検察官にそんな判断を任せるのかとの声もありますが、すでに検察は知的障害者や高齢者を起訴猶予にする代わりに、社会福祉法人や更生保護施設と連携して再犯防止や社会復帰の支援をしています。

 米国の脳科学研究では、人間の脳は、3~12歳と25歳前後に大きく変化することが明らかになっています。この時期は外部からの影響で良い方向にも悪い方向にも行きますが、犯罪を起こしても青年期に適切に処遇されると、その後はほとんどが再犯しないという結果も出ています。青年層への対応が肝要です。

 18、19歳を成人とすると、少年院の収容は現状の3分の1に、鑑別所の収容人員は3割減ります。それらの施設や人材を活用して、新しい青年施設を作ればいい。犯罪対応は、警察、検察、裁判、刑務所収容など社会的コストがかかります。再犯防止は財政にとっても重要課題です。

 日本では模範囚は仮釈放されます。早く出た分、保護観察で保護司がつく。一方、満期釈放者はそのまま社会に放り出されます。再犯防止の視点では「ハーフウェーハウス(中間施設)」を作ることも考えていくべきでしょう。

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 ふじもとてつや 40年生まれ。専門は犯罪学。弁護士、矯正協会会長。著書に「犯罪はなぜくり返されるのか」など。


 ■前科つかず、夢かなった 竹中ゆきはるさん(少年院出身者)

 傷害事件を起こして、18歳から1年1カ月、職業訓練のある少年院に入りました。いまは、埼玉県で電気工事会社の社長をしています。非行少年を雇って立ち直りを支援する協力雇用主であり、8年前からは保護司もしています。また、公共の職業訓練ができる職業訓練指導員の資格も取得しました。小さいころの夢だった「先生」の仕事です。

 こんな居場所を僕にくれたのは、少年法です。「成人」として事件を起こしていたら、前科がつき、いずれも実現することはできませんでした。少年法がなければ、夢もかなえられませんでした。

 ただ、いまも前歴のある人間へ厳しい目が向けられることがあります。これまで約60人の少年たちにかかわってきました。彼らを守るため、また社員が偏見の目で見られないため、ペンネーム(仮名)を使わせてもらいます。

 僕がグレたのは、生徒会長になった中学2年のとき。知人の連帯保証人になっていた父が多額の借金を背負い、高校進学が絶望的になりました。そんなとき、貧乏で運動靴を買ってと言えず、違う靴をはいていたのをとがめ、体罰をしてきた教師の顔を殴りつけて骨折させました。学校にも家庭にも居場所がなく、荒れました。暴走族の総長になり、暴力団員にも暴行しました。3回目の傷害事件で少年院に送られました。

 少年院では勉強することができました。内省といって自分と向き合う作業を続けました。法務教官の先生方はとても温かく、心と心でぶつかり、向き合ってくれました。「俺らが爆音立てて木刀をもつのと、自衛隊が戦闘機をもつのとどう違うのか」なんてことを、先生方は何時間も対話してくれました。少年院ですべてが解決したわけではないですが、矯正教育がなければ、いまの僕はありません。

 少年院で一生懸命学び、職業訓練を受け、出院後に第2種電気工事士の国家試験に合格。その後も様々な講習を受け、第1種電気工事士、1級電気工事施工管理技士の資格をとり、いまに至っています。

 僕は若いうちに失敗して少年法に守られて矯正してもらいました。だから、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げるのには反対です。引き下げで少年たちに前科がつけば、資格制限でいまの僕のような立場にはなれません。将来のチャンスを奪ってしまうことになります。現在の18~19歳が起こす事件の多くは軽微なもので、刑法でいえば、執行猶予や罰金、起訴猶予などになる事件が大半を占めるでしょう。でも、それでは少年たちは考える時間もなく社会に戻ってしまい、早い段階での教育や矯正は遅れます。壮年になってからの再犯が増えると思います。

 (聞き手・いずれも編集委員・大久保真紀)

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 たけなかゆきはる 71年生まれ。東北少年院出院後、電気工事会社を設立。保護司。NPO法人「子どもの家足立」の理事。

 アサデジより転写


by tomoyoshikatsu | 2017-08-27 04:30 | 政治