金村・水野・桑田 座談会 !!

【 甲子園 V腕 座談会 】

1981年夏の報徳学園・金村義明氏(51)、83年春の池田・水野雄仁氏(49)、83年夏、85年夏のPL学園・桑田真澄氏(47)=いずれもスポーツ報知評論家=の甲子園優勝投手トリオによる豪華座談会の第3回。3人がホロ苦くってオモシロイ思い出話を次々と披露。ぶっちゃけトークが止まらなくなってきました。


 水野(以下、水)「 当時のPLは練習時間は長かった? 」

 桑田(以下、桑)「 長かったですね。で、水を飲んじゃいけない時代じゃないですか 」

 金村(以下、金)「 全寮やしな 」

 桑「 はい。PLは三塁側ベンチにトイレがあるんですけど、そこの蛇口は針金で止めてあって、水が飲めないようにしてあるんです。一塁側は監督、コーチと3年生用なんです。三塁側は1、2年なんですけど、1、2年のトイレはトイレとして使っちゃダメなんです 」

 水「 なんで? 」

 桑「 あれは飲み水なんです。上のタンクの水じゃないですよ。下の便器の水です。あれをみんな、『 トイレに行ってきます 』って言って、すくって飲むんです 」

 水「 それでトイレとして使っちゃダメなんだ 」

 桑「 1年生当時の僕は(選手としては)全然、ダメだったんですけど、今、振り返ると、なぜ活躍できたか、思い当たることがあるんです 」

 金「 なんや? 」


桑「7月に入って、夏の大会が近づいてくると、メンバー練習っていうのがあるんです。2時間くらいで終わるんですよ。その時に劇的にうまくなっていったんです」

 水「 それまでは激ヤセしてたんだな、きっと。練習がきつくて 」

 桑「 集中した練習をして、食事をして、休んでたので 」

 水「 体力も回復してたんだよ 」

 桑「 気力もですね。『 明日も練習したい 』ってなる訳ですよ。あの2週間くらいの間に、僕は劇的に成長しました 」

 水「 強豪校はね、練習をやり過ぎのチームが多いんだよ。四国だと松山商とか徳島商とかは( 練習が終わるのが )夜の10時、11時だよ。オレのいとこが静岡の強豪校にいたんだけど、午後4時から8時まで練習したの。それで、監督が『 お前ら、きょうの練習はどうだったんだ。オレは見ていて、何にも良くなかった。1からやり直せ 』って。それで8時からアップを始めて、12時までやったって。そういうチームが勝てる訳ないよな 」

 金「 ウチらもそうやで。『 よし、って言うまで走っとけ 』と言うて、監督は家に帰ってしまうんや 」

 水「 ずっと走っているんですか? 」

 金「 そりゃそうや。池田がうらやましなってきたなあ 」

 桑「 すごいですよね。その経験があったから、甲子園で優勝した後、中村監督に『 全体練習を短くして、自主練習の時間を多く取ってください 』って相談したんです 」

 水「 だから、PLの練習が短くなったのか。池田はね、練習メニューにキャッチボールがないの。いきなりバッティングなのね。『 バッティング練習してる後ろで肩を作れ 』って言われて 」


 桑「 徳島や四国でのライバルとか意識した選手はいたんですか? 」

 水「 誰もいない。畠山さんだけだね。オレが2年の春を迎えた時、畠山さんで甲子園に4季、行けなかった。残されたのは最後の夏だけ。金村さんは3年春に甲子園に行ってるでしょ。そうすると、気持ちにちょっと余裕ができるじゃないですか 」

 金「 それはできん! 1回戦で負けてるから。報徳学園始まって以来の1回戦負け( 71年春は初戦=2回戦で敗退 )。戦犯扱いや。オレが 」

 水「 畠山さんがいて1回も甲子園に行ってないから、みんな悲壮感が漂ってくるんですよ。だから、最後の夏なんて緊張感バリバリで。で、甲子園が決まった途端に気楽になって、みんな打つようになったんですよ。徳島大会では打たなかったのに 」

 金「 高校生なんてそんなもんや 」

 水「 畠山さんは新聞や雑誌で『 東の荒木、西の畠山 』って騒がれていたのに、荒木さんは1年夏から連続で甲子園に行っていて、畠山さんは1度も行っていなかった。その苦しみがあったんじゃないかと思います。そんな状態だったから、優勝なんて絶対すると思っていなかったのに、あっという間に勝ち上がって行ったのが、最初の優勝だね 」

 桑「 その時は、準々決勝で荒木さんの早実と当たっているんですよね? 」

水「 あの時は負けると思っていたから、みんな荷物整理をしてたし、おみやげも買っていた。『 いい思い出になったなあ 』なんて 」

 金「 無欲の勝利やな 」

 水「 無欲ですよ。1回戦も静岡の大久保( 学 )っていう南海に入ったピッチャーがいて、『 やっぱり、甲子園は1回戦から球が違うなあ 』って言ってたぐらいですから。カネさんはセンバツはどこに負けたんですか? 」

 金「 大府や。槙原( 寛己 )や 」

 水「 マキさんに負けたんだ。速かったですか? 」

 金「 むっちゃくちゃ速かった。度肝抜かした! 」

 水「 でも、カネさんも速かったんでしょ? 」

 金「 いや、全然。10キロは違った。アイツは147キロ。明くる日の新聞の1面は全部、マッキー旋風。実はセンバツの入場行進の予行演習の時、大府の並んでいるところに行って『 おう、槙原どこにおるんや 』ってビビらせたんやけど、試合できっちり仕返しされてもうた( 笑い ) 」

 桑「 当時のスピードガンで140キロ超えってすごいですよね? 」

 金「 プロで18年やったけど、それを含めても、あの時のマキが一番速かった。初めて見るスピードやからね。アイツが投げたら、5万の大観衆が静まりかえったで 」

 水「 3年夏の決勝はどこに勝ったんでしたっけ? 」

 金「 京都商や。オレはセンバツで大府に5点も取られて、( 将来的に )ピッチャー( で生きていくことを )をあきらめたんや。そこからカットボールとか変化球ばかり。たまたま槙原から3本ヒットを打って、ホームランも打って、『 1回戦で負けたけど大会NO1打者 』なんて言われたんで『 オレはもうピッチャーはやめて、かわすピッチングをしていこう 』と。それで、ずっと『 ONの野球教室 』を読んで、変化球の握りとかを研究したんや 」

 水「 カネさん、初めて勉強したんじゃないですか?( 笑い )」

 金「 アホ! それがオレのコーチや。カットボールとかを常に放ってたんや。サインは1がアウトロー、2がアウトハイ、3がインロー、4がインハイ。首を振るけど、そんなに球種ありませんやん。だから、4番のやつとか、鼻息荒いのをイライラさせながら、おちょくりながら、金属バットに対抗していたんや。気持ちはバッターや 」

 水「 兵庫大会は危なくなかったんですか 」

 金「 それが、村田チュウ( 巨人・村田真一コーチ )の滝川に危なかったんや。それ1試合だけ危なかったんや。逆転勝ちで 」

 水「 PLは? オレね、荒木さんとも話したんだけど、オレらは( 地方大会の出場校が )30数校じゃん。圧倒すると( 放っておいても )ベスト4で、( 厳しい試合は )2回くらいなのね。でも、早実とPLは東京と大阪。そこで5季連続出るってすごいよ。やっぱり、足をすくわれるじゃん。そういう危ないのってなかったの? 」

 桑「 ありましたけど、僕は大阪大会を勝とうとかは考えたことはなかったですね。『 甲子園で優勝するには 』って逆算でずっとやってました 」

 水「 すごいな…結局、優勝は最初と最後? 」

 桑「 そうですね。あとは準優勝2回とベスト4が1回。2年の夏は決勝で取手二に延長で負けたんで 」


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高校の頃を思いだそうと…… 思考力低下・・・・体調不良に陥っています!

…………………………… 昨夜から……… (⌒-⌒; )


(´・_・`) 酔って?( ませんよ! )よって、個人の感想は 控えます( 故人は乾燥… します )(´・_・`)


繋ぎの投稿になります! 明日の分を 今から 編集します!!!


(; ̄ェ ̄)…………………(⌒-⌒; )


今日の高校野球


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by tomoyoshikatsu | 2015-08-12 14:31 | BASE BALL | Trackback | Comments(0)